「逢わず沼への道」  2020.5.
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 逢わず沼は、北上高地・五葉山の赤坂峠登山口から、南へ数百メートル離れた山の鞍部にある沼で、春には九輪草が咲く(らしい)秘境です。地元に伝わる民話の舞台にもなっているのですが、一般的な観光案内はもちろん、道標も案内看板も無いとのことです。地元の公民館主催行事で散策会が過去に何度か行われたことがありますが、私は参加したことが無く、現在はHP等にも資料ファイルは見つかりません。私の手元にあるのは過去の広報に掲載された簡素な案内記事を読み込んだ図形だけです。誰か知っている人に聞けば良いのですが、極力自力到達を目指します。
 幸にも現代においては全国くまなく国土地理院作成の地形図が無料でしかも18レベルの極詳細まで閲覧できます。またYahooやGoogleマップでも航空写真が見られますし、やはり国土地理院が撮影した航空写真の原版に近いものが無料で閲覧ダウンロードできます。
 またGPSによるナビも最近の山歩きでは常識になりつつあり、特に既成の歩道が無い所では威力を発揮しそうです。逆に地形図記載の登山道に微妙なずれや間違いがあることも頻繁に経験することですので、総合的に利用できるものを判断して臨みます。。

 右と下の図が手持ちの資料です。注意事項で熊にも触れられていますが、この辺りに出かけるときには熊撃退スプレーを携行して行くほか、音色の違う三種類の鈴と合わせて臨んでいます。
 地図は下のように簡素なものですが、仮にこれがスケール上ほぼ正確な物であれば20〜30mの誤差で位置を特定できます。(結果的には沼の位置にはほとんど誤差はありませんでした)
 ただし、この執筆時点で盛岡在住の方が五葉山で遭難して3日ぶりに発見されたとのことです。私の入山時点で林道をミニパトが走っていましたので、なぜかなと疑問に思っていたところでした。この時期ではツェルトまでは持ちませんが雨具は必携です。我が身の安全にも十分な注意を払います。


↑ 2019の地形図  ↓ 2020の地形図 水色の沢筋が追加
 現地に携行する資料の吟味です。地形図は昔は紙ベースで、行きたいところの図名を調べて、県都にある書店で図葉現物を購入しました。その後日本地図センターから通販後払いで購入できるようになり、近隣各所や出かける機会が多い場所については揃えて、A3クリアブックに半折にして保管し、今でも3冊ほど残っています。
 ですが紙ベースの地図は更新頻度が低く、廃道になったり、開通した道路の情報更新が遅れがちです。現代ではネット上で鮮度の高い地形図を無料で閲覧できますので、すごく恵まれた環境になりました。
 そのネット上の地形図でも気を付けて見ると、道路以外の変更が加わっていることがあります。等高線の微妙な変更は測量精度の向上が一段落したせいかあまりありませんが… 左の地形図は上段が2019年にダウンロードした物で、下段が2020年です。違いは、まず破線の歩道の曲がり具合が違います。そして、図の下の方にある細い青い線=沢筋が新たに追記されました。今回出かける先では、ちょうどこの沢筋が歩行経路の重要な手掛かりになっています。タイミングよく有用な資料を入手できました。
 エクセルシート上に、地形図と、左上の広報資料のルートを同一スケール・位置で重ねて配置し、半透明には出来ないバージョンなので、資料図の線をフリーハンドでトレースしてルートを描画作成します。最後にレイヤーの順序を調整すると、左のような資料が出来ます。
 もう一つ、重要な資料があります。空中写真です。国土地理院ではこれも公開していますので、 日本地図センターのリンクからたどって国土地理院で撮影した空中写真を閲覧することが出来ます。出所の明示があれば利用できるようです。https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1

 左のような画面の赤いが空中写真の撮影中心位置になります。北上高地の無人の原野にもかかわらず、こんなに高密度で撮影されているようです。
 また特筆すべきは撮影時期(季節)が各種あることです。今回は春のツツジが咲くころで、すすき野原はまだ枯れていて歩行や視程に支障がない時期の状況がわかるものが欲しかったので、6月6日撮影はピッタリです。
 各種地図閲覧アプリ(Yahoo・Google他)にも、地図と同一範囲の写真を見ることが出来るものもありますが、季節指定ができませんので、山中の沼の位置を見たいのに全面が結氷・積雪で役に立たないといったことが良くあります。ですので季節指定ができることはこのようなケースでは非常に有用です。
 左上写真のたくさんのをポイントすると各写真のカバー範囲もわかります。このようにしてダウンロードした写真から必要な部分を取り出し、ルートと重ねて見ると、地形図の等高線や沢筋ではわからない、周囲の植生や見通し、エスケープルートに使えそうな植林作業道等々の情報を得ることが出来ます。
 ただし一つ難点がありまして、撮影範囲内には高低差があるため、中心部を除くと水平位置にずれが出てくるようです。つまり無限遠から超望遠で撮影すればズレは生じないのですが、標高差を加味した補正を行う前の写真では歪みが出てくるのはやむを得ないものと思います。ですのでこの写真上にルートを描くことは断念して参考資料として活用しました。
 左の資料から今回歩行範囲を拡大して切り取ったのが下の写真です。左下の広い すすき野原に所々ツツジの赤がある平原の、右側から上方にかけての林の中を沢沿いに進むことになります。 下図は多少ずれがありますが写真上に落としたルートです。
 準備段階の記述が長くなりましたが、ここからは実際の歩行の状況です。
 当初の予定では、赤坂峠から もりの学び舎へ抜ける未舗装路の途中から作業道に入って逢わず沼を目指す予定でした。
 左写真は赤坂峠の駐車場で、見える鉄塔は、2段上の写真にあるトンボの翅のような伐採跡の、胴体の所に立っているものです。後方(南方向)にあるツツジが密生する丘を100mあまり(高さで)登ると少しで今日の目的地である逢わず沼があります。ですが多分藪漕ぎになるので、到達記録のある既存ルートで向かうことにします。
 赤坂峠は五葉山の一番利用者の多い登山口ですが、コロナウィルス対応自粛やこの日は天気が朝方雨で、9時頃になっても高所では上写真のように雲がかかっているためか、ツツジのシーズンが始まっているのに登山者らしい車は3台しかいません。また峠から大船渡の日頃市に至る道も災害復旧工事中で通行できません。
 赤坂峠から もりの学び舎に至る道も洗堀箇所の補修作業中で、2時間ほど通れないということです。すんごく遠回りですが越喜来経由で向かうことにしました。
 ここからの記録は、Youtubeに動画をアップしてありますので、そちらでの時程と合わせて記入してゆきます。
 造林作業道の入口から少し砂利道を進むと右の斜面から二本の沢が落ちてくるのに出会いますが、そこが歩道入口です。作業道は洗堀で荒れているために入口近くに大きな石が置いてあって車は入ることが出来ません。
 二本の沢に沿って、右でも左でも、踏み跡のような道のような所がたくさんあるので、藪を漕いだり視界が悪くなるなど歩行に困ることはありません。これは人が通った跡ではなく、この辺りに多く生息する本州鹿のケモノ道であるのと、樹木以外の下草はエサとして食べてくれるので、自然の草刈機をかけた後という感じです。
 この季節は九輪草のほかヤマツツジやレンゲツツジも咲き始めていますので、時々立ち止まって眺めながらゆっくり歩いてゆきます。
 広報記載のルートでは右写真(スマホGPS画面)の「曲がり」とした辺りで西へ方向がやや変わります。ちょうど木の幹にピンクリボンが巻いてありましたので、そこから沢沿いの林間を離れて すすき野原へ入って進みます。(動画1’35”) どこを通っても進むことは出来ますが、方向や位置を把握していないと迷うことになります。ここの場合には下って行けば作業道に出会うはずですのでさほど危険では無いのですが、もっと地形が複雑な所や残雪期、峡谷が深いような所ではより注意が必要です。穏やかに見える山容でも谷沿いに下ると岩肌の露出があったり滝に出会って戻るのが困難であったりします。
 下の地図では、広報記載のルートと、往路GPS軌跡と、復路軌跡で一番乖離が大きい所がありますが、どこを通っても歩行に支障はありません。ですがオススメとしては復路に通った、沢沿いにずっと進むのが良いのではないでしょうか。 
  下の地図の B:沢沿いから曲がる 所が上の写真です。(動画1’50”) 私はすすき野原を通って南方から来たのでこの沢を横切る形になりましたが、沢沿いに上がってきた場合には右曲がるポイントがどこなのか気を付ける必要があります。すぐに右のような樹幹にテープを巻いてあるのに出会います。
 踏み跡沿いに進むと右に湿原がありますが、水たまりは見えず、九輪草もありません。もう少し進むと地形図上にある破線表示の巡視道?と交わります(地図のC地点、動画2’13”)ここからリボンに釣られて右に曲がります。
 「巡視道」としましたが、リボンが付けられて、人の踏み跡と思われるものが ずーっと ならだかな稜線上に続いているこの道は、大船渡市三陸町と釜石市唐丹町の境界上を伸びているようです。たまに右写真のように植生が無くて開けたところもあったりして、楽しく進むことが出来ます。このまま進むと既述の連絡道の方に繋がるようです。そちらからも以前に数百メートル入ってみたことがありますが、時々開けたところがあって、鹿の楽園といった感じです。いつかゆっくりと回ってみようと思います。
 巡視道をどんどん進むと、次第に逢わず沼から離れていくようです。少し戻って藪の中をショートカットして向かいます。藪と言っても細い柴は無くて、間隔の空いた樹木の下に、鹿にある程度食べられた笹原が広がり、ケモノ道もあるのでそんなに歩きにくくはありません。動画はこちらからです。
 ほどなく逢わず沼に到着しました。期待していた九輪草に囲まれた秘境ではなく、意外に周囲に高木は無いので天気さえ良ければ明るいところでした。大窪山や楢ノ木平のあたりには何十年か前から時折来ていますが、九輪草はいつも同じところに咲いているわけではなくて、大群落も次第に消滅したり道路沿いに新たな群落が増えたり変化します。
 鹿に踏まれた湿原の状況変化で、逢わず沼の植生も変わって来たのかもしれません。その中でも泥ではなく飛び石を配置した庭園のような一画(下写真)があって、ここなら伝説の舞台にはふさわしいと思いました。しかしながらいくら昔のこととはいえ、ふもとの集落から人目を忍んでやって来るには、熊やら蚊やら茨やらで大変な道のりだったことと思われます。
(右写真は別箇所のものです。逢わず沼付近には咲いている固体は有りませんでした。クリンソウの葉だけの株が一つ見つかっただけです)
 帰り道も、リボンに沿ってやや迂回するルートをとりましたが(大きな地図参照)、B地点からはほぼ渓流に沿って下りてくることで問題はありませんでした。こちらの水辺には九輪草が多く咲いていました。湿地を横切ることも多いので、長靴の方が歩行には適しているかもしれません。梅雨入り前の晴天で、花と新緑とエゾハルゼミ、カッコウも鳴いていてこの辺りは天国のような所です。
               (本文 完)
 地図とナビ関連の補完事項です。右は紙ベースで保有している該当箇所の地形図です。ちょうど4枚の境目のあたりなので繋がりが見にくいのですが、「三陸町」の上方やや左に青色の湿原記号が見られます。平成4年の地図調査時にはもっとはっきりした湿原だったのかもしれませんが、現在の地形図では表示はありません。
 既述のようにすぐ近くで遭難が発生していた日になりますが、山で迷うことは人に迷惑をかける可能性からすると絶対回避したい事項です。特にこの時点でコロナウィルスによる自粛が叫ばれていることもあります。
 反面、野遊びは他者との接触感染の心配は少ないという面もあります。中部山岳や百名山等の混雑するような地域や山小屋・交通機関等とはまた違った利用・活動の仕方があって良いのではないかと私は思っています。