「草の湯 の奥の湿原へ 2025」 2025.07.12   
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 八幡平の北麓・安比高原の近くにある草の湯は、山奥に温泉水が自噴する野湯で、管理人が秘湯に通うようになった原点です。1991年に、当時小学生になったばかりの長男と、アスピーテライン側から山を下って、テント1泊で入りに行きました。それ以来麓の兄畑側からと合わせて何度か通っていました。次女と行ったり、長男の友達も連れたり。単独や夫婦でも行きました。麓側に地熱発電所の試掘井ができてその作業用としてか、車で奥まで入れるようになり、草の湯へのアプローチは40分程度の歩行で可能とになりました。残雪期に迷いながらたどり着いたり、冬の目前で帰り道が積雪で分かりにくくなったりしたこともありました。2024年までの何年かは地熱発電所の建設工事が続いて麓側からの登山道は閉鎖されましたが、工事が完了して通行止めが解除されましたので久々に向かってみました。
 今回の主目的は、草の湯の西方にある湿原を間近に見たいということです。地形図や航空写真を眺めていると、原生林・密林の中にぽっかりと開いた別世界がところどころにあります。八幡沼周辺などの自然公園区域は、遊歩道が設置されて多くの観光客や登山者が訪れますが、今回の目的地(後谷地と称するらしい)や安比湿原などは公園区域に含まれないのに数多くの池塘がちりばめられているようです。でも詳細は不明です。これは現地到達してこの目で確認したい… さて結果はどうだったのでしょうか。

※ 順番が前後しますが見出し・目次を順次追加してゆきます   
1.前泊は安比高原中の牧場
2.計画概要
3.歩行開始
 
   
   
   
 
 
 
 1.中の牧場
 前泊は安比高原の中の牧場(まきば)です。日程に余裕がないときは自宅から往復6時間をかけて往復して、さらに草の湯安比温泉まで行くこともありましたが、この時点では前後泊可能なので、いつものブナの駅を利用します。

 中の牧場と奥の牧場は、雪が融けたあとに若葉と野の花が、季節に合わせて次々に彩を放ちます。 蓮華躑躅や蕨の季節は過ぎて、今回は初夏でヤナギランが咲き始めていました。
   何年か前から馬の放牧がされていて、電気柵があります。安比の牧場の景観は平安時代から保たれているとのことで、私もいつか保全作業への協力が出来ればいいなと思いつつ、なかなか実現しません。(スミマセン)
   
 夏の安比の朝は、なぜか晴れることが多くて、スキー場のある前森山を背景に霧と朝日と青空が入れ替わり出演するショーが見られます。
 他の高原でも朝は同じように、夜から晴れていて、朝日が昇り始めると夜露が気化して霧となり一度曇ります。そのあとは霧が太陽の力で消えそうになり、また陽が当たったところで新しい気化で水分が補充されて、また霧が出て… と何度か繰り返して最後はさんさんと太陽が輝く夏の日がやってきます。
 
 
   
 2.計画概要と事前調査  
   なぜ今回の湿原訪問計画を立てたのかという説明からです。
 左図は、安比高原の奥にある赤川砂防ダム登山口から伸びる八幡平方面への歩道入り口にある案内図の一部です。リンク先Googlemapでは安比岳駐車場とありますが、安比岳は林の中でそこを目指す人は多くなく、森林管理署の呼称ではここは「安比歩道」のスタート地点になっています。
 図の中の黄緑色の部分は地形図では湿原記号で表示されていますが、名称は書いてありません。でもこちらの図には書いてあって、2021には安比湿原を訪ねたことがあります。今回は上方にある「後谷地」に行ってみたくなりました。
 
 今回スタートするのは、図の右寄りにある茶色の実線林道の途中からです。左上に点線上を進み「草の湯湿原」と「草の湯」を経て「後谷地」と記されたあたりへ向かい、湿原の目視と、ドローン撮影を行う計画です。なお、この図では右が北になっています。

 下の図は3枚とも国土地理院地形図・航空写真からです。(出典の明示・以下省略))
 
 下の航空写真では、「後谷地」は黄色点線の部分です。
 写真右側にある湿原は「草の湯湿原」です。両者の間に流れるのが知恵の沢で、下流に知恵の滝があります。
 

  下は同じスケールで、地形図に青点線で落としたものです。 草の湯湿原は、1152mの標高点がある方です。
 写真で判断した湿原の範囲を、地形図に当てはめてみると、微妙に範囲が違うのと、横線だけの表現には限界があることがわかります。
 地形図において様々な地形の表現方法は各種ありますが、このほかもう少し改善してほしいのが崖地記号です。十何年か前でしょうか、地形図表現にかかるアンケートがあった機会に申告したのですが、等高線が崖地記号に隠れて傾斜方向がまったくわからない状況が多々あります。重複表示を要望しましたが、急傾斜地のために主曲線は省略されるものの、計曲線は表示されるように少し改善されたようです。(主曲線とはこの場合10m間隔、計曲線は50m)
上と下の図において、中央にある小さな赤丸と黒い十字は、写真と地形図と付記した登山道や湿原記号範囲の位置合わせのためのもので、意味はありません。
   
 
 上図左の青点線部分を写真に切り替えて拡大し、左に回転させたのが下の写真です。
 黒っぽい小さな点がたくさんありますが、そこが単なる窪地や木立の影なのか、小さな水たまり(池塘)であるのか区別がつきません。
 これはもう現地に行って確認するしかありません。
 
3.歩行開始
 
 草の湯は、八幡平の北麓にある兄畑コースの途中にあります。今回は登り方向で向かいます。左写真はこちらの場所ですが、地形図にはまだこの道路は掲載されていません。

 2018年以前には登山道は、現在の地熱発電所まで一般車両も入ることが出来て、そこから40分弱の歩行でたどり着くことが出来ました。現在は発電所まで立派な道路が出来たものの、発電所専用で一般の通行は、車両・徒歩とも禁止となっています。
 2019年から2024年春までの経過は、安比地熱という会社の資料に載っていますのでこちらのリンク先をご覧ください。転載したいところですが、転載禁止とのことで、要約しますと
 2000〜2003年に地熱井の試掘が行われ、2019年7月に本工事着工、2024年3月に竣工となっており、本工事の期間中は徒歩も含めて登山閉鎖となりました。
 現在は解放されていますが、だいぶ使い勝手が変わりましたのでその辺を解説してゆきます。
 
 
下の写真は3枚とも GoogleEarth の過去写真から切り出したものです。左から 
  2010年(試掘工事後)  2021年(用地造成と一部設備完了) 2023年(ほぼ工事完了状態) 撮影です。
他の年度の写真は積雪が多く道路判別が困難でした。2023年はほぼ出来上がりの残雪期のようです。
 実は試掘井工事が行われる2000年よりも前に、山麓側から草の湯に行ったことがありますが、その時には北側の車道がこちらまでは繋がっておらず、二段下の地形図の「旧登山道」を経由するほかありませんでした。
 
 
 昔と違って、地熱発電所が稼働して登山道としての利用やアプローチに制限が多くなり、草の湯が少し遠のきました。
それでも今回はぜひ行ってみたい湿原が出来ましたので、東北森林管理局に入林届を出して手続きを進めます。
通常の登山道だけを通行する場合には、入林届は必要ありませんが、道を外れる場合には必要になります。(メール添付書類で完了)
ですがその場所が環境省の管轄になる国立公園の保護地区だったりすると、よほどのことがないと許可は下りないかもしれません。
今回目指す場所は公園区域外です。
 
 <アプローチ全体図
  北側(図の上方)から、緑色の線・赤色の線を進みます
 

左の図は重なっていて見えにくいのですが、2023年の写真地図(Google earth)に、地形図と歩行軌跡を重ねたものです。写真が残雪期で雪形が多く判別しにくいのですが、ほぼ出来上がった地熱発電プラントの全体はわかると思います。登山道(赤色)は、その西縁に沿って慎重に場内に入らないように迂回しているのがわかります。
 私的な意見を述べれば、この辺りは国有林で林野庁・森林管理署の管轄のはず。そこを地熱発電事業者に貸しているのでしょうが、国有林の中の登山道や林道を自由に歩行したい登山者にとっては、はっきり言ってかなり不便になりました。この迂回部分歩道はともかく、車道の通行可能カ所がかなり短くなったことで、草の湯や八幡平頂上方面へのアプローチが「飛躍的に」困難になりました。登山道は「遊び」なので我慢しなさい…と言われているような気がします。
 国有林というのは言うまでもなく国民の財産です。発電事業も大事でしょうが、優劣を考えるまでもなく切り捨てられた感が拭えません

 
  さてここからは道中の写真記録です。一般人が草の湯方面に向かう場合、県道から森林管理署管轄林道(車道)の入り口はこちらで、「八幡平登山道草の湯コース」と古びた木柱に文字が刻んであります。少し車道を行くとロープが張ってありますが、今回は入林届を出してあるので一度外して入り、また結びなおして進みます。  
   この後はずっと未舗装ですが途中で袰部沢を越えます。増水時には車体各所の水没予想深さをよく検討してから突っ込む必要があります。
 途中で右写真のように雨裂が大きくなって進めないところで車を転回して置きます。
 裂け目を跨げば進める可能性もありますが、経験上この奥でさらに道はひどくなる例が多いです。また乗用車なら大丈夫な場合でも車重が3tのキャンカーでは崩れてしまったこともありました。
 
   五段上のアプローチ図で、緑戦の下端から歩き始めて20分弱で車両止めゲートに着きます。ここから先は地熱発電所の管轄です。登山道としての登録はなされているので歩行立ち入りは可能です。
 なぜここにゲートがあるかというと、発電所の用水をここの沢から取水していて、この先道路に沿ってプラントまで配管が設置されているので、設備設置範囲を用地使用しているということのようです。
 配管の施工はほとんど露出での施工で凍結が懸念されますが、当然検討済みと思われます。先の震災でも水道配管は露出で仮設団地に引かれましたが、流量があれば凍結は避けられます。
 
    さらに20分程で舗装道路に出ます。こちらは発電所専用道ですが、少しの区間のみ登山者も歩行可能です。このまま舗装道を奥までたどれれば良いのですが…
 ←
   数分で再び看板が現れて、登山道は発電所の外縁を回って設置してあるので、そちらを進むよう誘導されます。 ノウゴウイチゴの実や外来種らしいタンポポ状の花を眺めながら設置された登山道を進んでゆきます。 →  
   
   

発電所の辺縁に設置された、場内を迂回する登山道をたどり、蒸気井の音と湯気を眺めながら歩くこと20分程、発電所の南西端にプールのある所の近くで旧来の登山道に戻ります。写真では白く写ってますが少し紫のサンカヨウの実が(食用可)成っていました。

   
 

ここから始まる八幡平登山道草の湯コースをたどって、まず草の湯に向かいます。入り口から頂上方面に300m程で右側にピンクリボンがあります。たどると谷沿いに湧く新草の湯に至ります。一度だけ入浴しに行ったことがあります。ここで地熱発電所工事の影響がないか調査をしていたようです。

 
 
   歩道入り口から30分強で、草の湯に着きます。いつもだとここが最終目的地で、さっそくお風呂をいただく…ということになるのですが、今回の目的地は頂上方面に少し進んでから脇にそれたところにある「後谷地」です。帰り道に余裕があったら入浴することにして、ここでは素通りします。草の湯よりも頂上側に踏み込んだのは30年近く前になりまして記憶がおぼろです。泥濘地があって妻の長靴が飲み込まれてしまいました(もちろん回収しました)。
 智恵の沢に出る前に、また源泉が湧き出ているところがあります。頂上方面からの下りだともしかしてここが草の湯かと勘違いしそうになります。
 智恵の沢の両岸は急斜面になっていて、補助ロープが付けられています。1990年に初めて当時小1の長男と頂上方面からやってきた際には、流れが大きくて跨ぐことが大人しか出来ず、抱きかかえて渡りましたが、少しバランスを崩して一部濡れてしまいました。
 
 
    智恵の沢の対岸をロープを伝いながら登りきって数十メートル進んだあたりが、目的地へ藪漕ぎを開始するには高低差が少ないので、小休止の後藪に入ります。場所は下の地図の「登山道から外れて藪漕ぎ開始地点」と表示したところです。  以下説明図の解説を記します。
 
  登山道の無い原生林の藪漕ぎは、30分かけても50mも進みません。身長より背の高い笹が倒れたやぶが主体で、所々にある針葉樹の巨木を目標に時々プロトレックで方角を確認しながら進みます。同時に必要なのがスマホアプリによる軌跡の固定です。私は地図ロイドと山旅ロガーを使っています。  
   

一向に湿原らしい地形は現れず、このままでは時間切れになるかもと思い始めた頃、枝にピンクの標識リボンがあるのを見つけました。リボンを辿って進み始めます。
 森林管理署に入林届を出した際に、この湿原について下記の指摘(原文のまま)をいただいていました。

 10林班は「生物群集保護林」に指定されており、下記説明のとおり野生生物の保護等を目的として設定されておりますので…(以下略)

  このため「湿原」には立ち入らず、眺められる所まで行くことを目標に来ました。「巡視路=ピンクリボン」に沿って支障のない範囲で進みます。ところがいくら進んでも湿原は見えてきません。それどころか地図上では離れて行きます。方向感覚で役に立つのは地熱発電所の蒸気音だけ。リボンに沿って戻り始めますが、今度は通った記憶の無い地形が現れてきました。つまり迷ってしまったのです。また戻りますが、ここで活躍するのが軌跡を表示できるアプリです。よく見ると巡視路表示リボンは1本だけではなく途中で枝分かれしてついているのでした。
 所々で積雪のためかリボンが下に落ちていますので、一部は復旧してあげます。ケイタイはもちろん圏外です。ここで目標到達はあきらめて戻ることとしました。この後転倒などあれば命取りになります。道迷いでの遭難などは絶対に避けたいので、軌跡を辿って引き返します。
 途中で最初に見つけたリボンの所に来ましたが、その先にも続いているので、そのまま麓方向へ進んだところ、やや智恵の沢に寄った所の「登山道」に合流出来ました。 
 
 

再び智恵の沢に戻って、間食と水分を補給します。こうしてみると、山の中において、登山道というのは、普段の生活における国道のように思えます。道を外れると本当に大変です。

 
 思いのほか体力を消耗しましたので、草の湯の入浴は控えて、麓の銭湯に入ることとしました。  
   森林管理署からはドローンの飛行許可もとっていましたので、空撮も行いました。でも結論から言うと操作ミスでピントが合っていませんでした。縮小画像をいくつか掲載します。
 当初目的の、ぽつぽつとある黒い点は、近づいて見るとやはり池塘でした。空からの判断ですが、類似の地形としては近くの安比湿原栗駒山北麓のだんだん谷地に似ているようです。   
 
    ← 離陸場所に選んだ草の湯湿原
ここには春に草丈が親指大の水芭蕉が咲きます。
  今回は、昔には使えなかったGPS位置記録が命綱になりました。また現時点でauによるスターリンクダイレクトという通信手段がサービス開始していますので、どんな山奥の「圏外」でも救援要請が可能な世の中になってきました。今後も気を付けて野山を歩き回る予定です。 
   
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