おらの方言解説
2018.08.26〜 トップページへ
こちらのページでは、2018年の芥川賞受賞作「おらおらでひとりいぐも」(若竹千佐子さん著)に出てくる方言について説明することを目的とします。当然ながらに著作権の問題がありますので、本文の長い引用は避けて、文中に出てくる方言部分を私なりに解釈・説明します。私の居住地は著者の出身地とは峠一つ隔てた「隣村」になりますので、言語的にもかなり近く、ほとんど理解することが出来ます。おなじ岩手県内でも、私感で特異に感じるのは宮古地域の発声の抑揚です。これには歴史的要因があるようです。 なぜこのようなことを思い立ったのかといいますと、岩手発の言語による文化は各種ありますが、地元以外の方には難解なものも多くあります。同じく遠野市周辺に伝わる民話の語り部の皆さんの業務にも関係したことがありますが、地元の人には話の内容が良くわかるのですが、他県の人には多分半分くらいもわからない場合があります。もしもっと説明を詳しくできれば、聞き手・読者に伝える思いを掘り下げられるのではないかと思うことがありました。しかし解説を上演者・執筆者本人が行うことは多くなく、語りの魅力を伝えて行くのは誰かが翻訳説明を補助的に行う必要があるかな、とネットによる情報発信が一般的になる前から考えてきました。 言語学的に方言を研究されておられる方からすると、この欄の説明には異論があるかもしれませんが、実際に使っている立場としての解釈ですので、間違いの分析等ありましてもご容赦ください。 たとえば 「らったづもな」 という表現がありますが、意訳は 「だったということです」 になります。実はこの方言と標準語、両端の表現の間には、何段階かの変化過程が隠れています。この例について見ると、 【標準語】 だった と言うことです → だった と言うものな 「な」は同意を求めたり、自己完結したり、和らげる意味合いがある。 → だったっつうもな 現代の表現でも「だっちゅうの」みたいに、やや親しみを込めて崩すことがある → だった づもな 濁音に変化しながら、短くもする → 【当地方言】 らったづもな 音の変化で、「だ」が「ら」と発音されることがある。 行ぐも を えぐも と発音するのも同類。 という変化と意味あいがあるというのが、私なりの解釈です。読書数は少ないのですが、言葉の理解という点では、国語の成績では悪かったことは無く、ある程度の自信はあります。某国語学習添削のアルバイトをした事がありますが、間違った答えを強弁する問題作成側に嫌気がさしたこともあります。方言発信の補完になればと思い、この稿を作成することにしました。 なお、本文の引用場所を特定するにあたり、手元には文芸春秋誌の2018年3月号しかありませんので、そちらでの位置指定になります。 |
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2018.08.26 | |
1. 「おらおらでひとりいぐも」 (題名) | |
受賞の発表があった当時、テレビ各局のアナウンサーがこの題名を読み上げて報道を始めました。文字で書くと違和感は伝わりませんが、その発音の仕方によって、そのアナウンサーがどれだけ岩手の言語を理解しているかの差が現れます。 ひどい場合には「オラオラで…」と、他人を追い立てる時のように、おら と おら を続けた読み上げ方をする人もいました。前記のように変化段階を分析してみます。 【標準語における意味合い】 私は私で(自分なりに)一人(で生きて)行くんだもん → おらは おらで 一人で 行くもの 私・自分 を おら というのは地元の人同士で普通に使われる表現。 ちなみに おらほ は我が方、私たちの側。 おらい は おら家→私の家 おらだぢ は 私たち (複数形・濁音化) あなた は おめ(おまえ)。 お前というと標準語ではやや見下した表現ととれるが、 ふつうに あなたという意味で使うことが多い。少し丁寧だと おめさん、おめさま(御前様) という表現もある → おら おらで ひとり いぐも 「は」 などの助詞 は省略されることがあるが、それでも方言理解者同士では意味が伝わる。 いぐも は 行ぐも も はここでは決意を表している 以上の変化過程を理解していれば、某局の他県出身アナウンサーのように「オラオラで…」と続けては読まないはずです。 |
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2. なんぼがおがしくなって P408 | |
【標準語における意味合い】 幾らか変になって → いくらか おかしくなって 変調を来すことをおかしくなる と 標準語でもいうが、 おかしく には面白いという意味合いもあるので、誤訳を避けるには 変になる の方が確実。 → なんぼかおかしくなって なんぼ は金額を尋ねる場合などにも使いますが、関西人が「なんぼのもんじゃい!」 という意味合いと同じで、レベルの高低を表しています。ここではある程度・少し という意味です。 → なんぼがおがしぐなって 作品原文では、ぐ ではなく く になっていますが、 方言としては 4字前が が であれば ぐ と連動させるのが一般的かと思います。 濁音に変化させています |
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3.きたんでねべが p408 | |
【標準語における意味合い】 来たのではないでしょうか → 来たんではないでしょうか の と ん では意味に大差はないが、の の方がやや改まった感じ、 → 来たんではないだろうか → 来たんで ないべか は を省略。 だろうか を方言の言い回しでである べか に置き換え。 例えば 台風は来るだろうか を 台風は来るべが と言います。 → きたんで ねべが ない を短くして ね とします。 他の例としては 知らない→知らね となります。 |
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4. 何如にもかじょにも p408 | |
【標準語における意味合い】 どのようにしても | |
何如 と かじょ の二つの近い意味の言葉を並べて、意味合いを強化させています。 似た使い方としては、「何かにつけて」 「とにもかくにも」 などがあります |
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5. てしたごどねでば p408 | |
【標準語における意味合い】 大したことは無いってば | |
→ てえした事は無いってば 大した を標準語でも口語・俗語的には てえした と表現するのと同じ てば は同意を求めつつ説得する場合に使う → てした ごど ね でば てえした を てした に短縮。 事を ごど に濁音化。 無い を上記3と同じく ね に短縮。 てば を濁音化して でば |
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6. なにそれぐれ p408 | |
【標準語における意味合い】 何、それくらい(のことは大したことは無い) | |
→ なに それぐらい 漢字で書くと 何、其れ位 → なに それぐれ ぐらい を ぐれ に短縮表現 |
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7.おらがついでっから p409 | |
【標準語における意味合い】 私が付いているから | |
→ おらが ついているから わたし=おら → おらが ついでる から 一部濁音化と短縮 → おらが ついでっから 「〜るから」 を 「〜っから」 と変化させることがよくある。 他の例として、 来るから → くっから 陽が照るから → 陽がてっから など |
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8. 決まってっペだら p409 | |
【標準語における意味合い】 決まっているでしょうが | |
→ 決まっているだろう だろう は予測ではなく、念押し。 → 決まってっぺ だら 「〜ている」 を 「〜ってっぺ」 と変化させる 他の例として 雨(が)降っているでしょう → 雨降ってっぺ この場合 「決まってるべ」で完結させることも出来るが、だら を付けるためには、 濁音で区切るのではなく、吃音+半濁音を入れて繋ぐ必要がある。 なので「決まってるべだら」とはTVのコントでもなければ表現しない。 |
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9. おらだば、おめだ p409 | |
【標準語における意味合い】 私は(何者かということであれば、)お前だ | |
だば は であれば の意味。発音的にはそのまま短くした表現。 例として 雨が降るのであれば、傘を持って行く → 雨降んだば、傘持ってぐ 「であれば」 だけでは意味が通じにくいが、 それまでの文脈から、「何者なのかという疑問を持っているのであれば」という意味。が隠れていると判断される。 |
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10. んだべが p412 上段後ろ | |
【標準語における意味合い】 そうだろうか | |
「んだ」 は そうだ の意。 用例として んだんだ はその通り二つ並べて強い同意を表す。 他の例として んだよ は そうだよ。 何かを尋ねられて肯定する時などに使う。 「べが」 は 〜だろうか。 第8項に関連した例として、 雨が降るだろうか → 雨、降るべが 又は 雨、降っぺが |
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11. …でねが p413 上段前半 | |
【標準語における意味合い】 …ではないですか、 …じゃあないか | |
→ でないか は を省略 → でねえが |
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12. ほだ p413 上段 | |
【標準語における意味合い】 そうだ | |
ほ は そう の意味.。 | |
13. べしたら | |
【標準語における意味合い】 でしょうが | |
現象を指し示して、同意をもとめているか、肯定している | |
14. ほでねでば | |
【標準語における意味合い】 そうじゃないってば | |
→ ほでねーってば そう を ほ に変える。 ない を ねー に変える | |
→ ほでねでば | |
15. にぐべ | |
【標準語における意味合い】 にくい(難い)だろう にくいでしょう | |
→ にくい べ べ には相手に確認を求める意味あい → にぐい べ 難いを濁音に → にぐべ い を省略短縮 |
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16. ねのす | |
【標準語における意味合い】 無いのです | |
→ ない のす のです を短縮 → ね のす ない を ね に置き換え短縮 |
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17. おらど p413 下段 中央 おらどはいったい何者だべ | |
【標準語における意味合い】 私たち | |
→ おら たち わたくし・じぶん を 題名のように おら という → おら ども 達(たち) = 共(とも) 普通はこの形では使わず、一気に おらど になる → おら ど 短縮 |
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18. ではね p413 下段 16 | |
【標準語における意味合い】 ではない | |
この場合、ひらがなの字面だけ見ると、 …跳ね の意に受け取りかねないが、 発音が わ であり、 単に 無い が短縮されただけ。 |
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19. …にすぎね p413 下段 21行目 | |
【標準語における意味合い】 …に過ぎない 単なる…である | |
すぎね とひらがな表記すると、わかりにくいが 過ぎ無い(=それ以上の存在ではない) の意味。 | |
20. あっちゃにこっちゃに p414 上段 4行目 | |
【標準語における意味合い】 あちらに、こちらに | |
→ あっちに こっちに → あっちゃに こっちゃに 他の用例としては、 あっちゃ行げ (あちらに行きなさいと命令する)など。 |
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21. やんたぐね p414 上段 前半 6行目 | |
【標準語における意味合い】 いやではない (嫌では無い) | |
→ やんたくはない → やんたぐない く を濁音に、は を省略 → やんたぐね 嫌だ の意味で やんた と言うが、変化と品詞の分類解釈は難しく、私たちは経験的用例で使っている。 特に 先頭に来ない が を濁音とするか鼻濁音とするかで意味が違ってくる。 文字文面からそれを読み取ることは出来ないので、前後の文脈で判断するしかない。 用例として、 やんたがる →嫌がる、 ( が は鼻濁音) やんたごど(1) →嫌だこと ( ご は濁音。鼻濁音ではない) やんたごど(2) →嫌な事 ( 同上。 音程は ごど を低く) やんたぐなる →嫌になる (ぐ は濁音 やんたぐね →嫌では無い やんた の否定形 やんたがったら (が を鼻濁音で発音した場合。音程は がっ を低く) →嫌がったら (この が も文章の途中にあり、鼻濁音) やんたがったら (が を濁音で発音した場合。音程は前半を高く、後半を低く) →嫌であれば が は文頭ではないにもかかわらず、濁音とした場合、仮定を示す 似た言葉で やった もある。 あらやったごとおめさん→ あら、いやだこと、あなた(何言ってるの) |
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22. いづよ p414 上段 前半 17行目 | |
・・・つづく |